勝ちに向き合う
- 4月27日
- 読了時間: 3分
普段書かなさそうなタイトルですが、そんなに難しい話ではないです。
コマンダーは甘口なカジュアル卓から辛口な真剣勝負まで様々。
では勝利はどれほど大切かというお話。
発端
まず発端としては公式が統率者の名称をコマンダーに改め、どんどん推進していくよという話。
その中でコマンダー交流会を設置しますという話が出たが、どこでどうこじれたのか、カジュアルなゲームは勝利を目指していないという風な話が出て、またお馴染みの(お馴染みになってほしくないんだが)コマンダーの論争になったという訳だ。
個人的には何故こんな曲解がされているのか意味不明なんだが、ゲームの目的とゲームする人の目的を混同していないか?
ゲームは勝ちを目指しましょう
「そんなことわかってるんだよ」と皆が口を揃えて言うだろう。
そうだよ、ゲームの目的はゲームに勝つことなんだよ。
これはお気持ちとかは関係なくて、ルールの話。
ゲームである以上勝たないと終わらないんだから、勝ちには近づかなきゃいけない。
というか甘口の説明をちゃんと読んでください。

自身の勝利と楽しかった・面白かったという思い出作りは同じくらいって言ってるんよ!
なのでちゃんと勝つための動きをしましょう!…なんだが、ここからが大事な話。
勝ちに向ける意識は人それぞれ
動いたからには10cmでも1mでも前に進もう。
ゲームする人の目的は楽しかったねーって気持ちでゲームエンドすることだが、ゲームの目的は勝負に勝つことなので、99%の人は最終的に勝とうと動いてくる。
しかも、低ブラケットは特に交流をするゲーム。

「俺は楽しかったら勝たなくていいもーん」って独りよがりの人が交流のテーブルで交流出来ている訳ないだろうが!
みんな前に駒進めているんだから、それを逆走されると他3人が時間を使って遊んでいるゲームが壊れるのだ。
人の時間を頂いている意識は持とう。
勝ちの目が薄くても、ちゃんと勝ちを目指すゲームに向き合ってほしい。
でもこの10cmでも1mでもというところがこの話の本題。
みんなやるからには勝てた方がいいが、勝ちに向ける意識は1の人も100の人もいる。
勝ったら楽しい人もいれば、みんなで面白くを達成してなきゃ、勝っても楽しくない人がいるのさ。
前には駒を進めなきゃいけないが、最適解を出し続けることを要求するゲームではない。
低ブラケットはさっき殴ってきたから除去したり、見逃して貰ったから危険カードをスルーしてあげたりしていいんだよ!
生きるか死ぬかの時にふざけるのは良くないが、合理性を都度求めるゲームじゃないよ低ブラケットは。
まとめ
ちょっと今回は語気強めだったが、簡潔にまとめると低ブラケットでは
・ゲームである以上、勝ちは目指そう
・でも勝ちに向ける意識の差は人それぞれだから許容しよう
ということだ。
他の人を許容するのは当然だが、許容する前に目的は同じじゃないといけない。
それでも勝ちを目指さないゲームがしたいなら、ちゃんとルールゼロで同志を探しましょう。
向かう先を合わせてくれる人もいるかもしれないぞ。
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